事件
大量殺人昭和岡山猟銃集落

津山三十人殺し

/つやまさんじゅうにんごろし/

1938年に岡山県津山市の集落で発生した大量殺人事件。都井睦雄が一夜にして30人を殺害した、日本犯罪史上最悪の大量殺人。

DATE: 2024/1/1

概要

津山三十人殺し(津山事件)は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村(現・津山市)の貝尾集落で発生した大量殺人事件である。犯人の都井睦雄(とい むつお、当時22歳)は、猟銃と日本刀を携えて約1時間半のうちに集落の住民30人を殺害し、自らも命を絶った。

単独犯による大量殺人としては日本犯罪史上最悪の事件であり、世界的に見ても類例が少ない凶悪事件である。

犯人・都井睦雄

都井睦雄は幼少期に両親を結核で亡くし、祖母に育てられた。成績優秀であったが、自身も結核に罹患し、徴兵検査で不合格となった。当時の農村社会において、兵役に就けないことは大きな恥辱であった。

また、集落内での夜這いの慣習をめぐる人間関係のもつれが、犯行の動機の一つとされている。村社会における孤立と、結核による将来への絶望が、都井を凶行へと駆り立てたと考えられている。

事件の経緯

5月21日午前1時半頃、都井は自宅付近の送電線を切断し、集落を停電させた。その後、頭部に懐中電灯を取り付け、猟銃2丁と日本刀を携えて、家から家へと移動しながら住民を次々と殺害していった。

犯行は約1時間半で終了し、都井は集落から山中へ逃走した後、遺書を残して猟銃で自殺した。

遺書

都井は犯行前に詳細な遺書を書き残していた。遺書には、集落での人間関係のもつれ、結核による苦悩、社会への恨みなどが綴られていた。

社会的影響

この事件は、猟銃所持の規制強化のきっかけの一つとなった。また、閉鎖的な農村社会の問題点を浮き彫りにした事件として、社会学的な観点からも注目された。

横溝正史の推理小説『八つ墓村』は、この事件に着想を得たとされ、映画化もされて広く知られることとなった。