日本赤軍
1971年に結成された極左テロ組織。国際テロ活動を展開し、テルアビブ空港乱射事件など世界を震撼させた。2001年に解散。
概要
日本赤軍(にほんせきぐん)は、1971年に重信房子を最高指導者として結成された日本の極左テロ組織である。「世界同時革命」を掲げ、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)と連携して国際テロ活動を展開した。2001年に重信房子が解散を宣言するまで、30年にわたって活動を続けた。
結成
日本赤軍は、共産主義者同盟赤軍派の一部メンバーが国際的な革命運動を志向して結成した組織である。重信房子と奥平剛士が1971年にレバノンに渡り、PFLPの訓練を受けたことが組織の出発点となった。
国内で活動した連合赤軍(あさま山荘事件を起こした組織)とは別組織であるが、同じ赤軍派から派生した点で源流を共有する。
主要なテロ事件
テルアビブ空港乱射事件(1972年)
1972年5月30日、日本赤軍のメンバー3名がイスラエルのテルアビブ・ロッド国際空港で自動小銃を乱射し、26名を殺害、80名以上を負傷させた。実行犯の一人である岡本公三は逮捕され、終身刑を宣告された。
この事件は、日本人がパレスチナの大義のために自爆的テロを実行したという衝撃的な出来事であり、世界中に衝撃を与えた。
ハイジャック事件
日本赤軍は複数のハイジャック事件を引き起こした。1973年のドバイ日航機ハイジャック事件、1977年のダッカ日航機ハイジャック事件(日本政府が「超法規的措置」として身代金と獄中メンバーの釈放に応じた)などがある。
その他の事件
フランス、オランダ、イタリアなど各国で爆弾テロや武装襲撃を実行し、国際テロ組織として世界的に警戒された。
衰退と解散
冷戦の終結とともに、日本赤軍の活動基盤は急速に失われていった。レバノン政府の取り締まり強化もあり、メンバーは次々と逮捕された。
2000年、重信房子が大阪で逮捕され、2001年に獄中から日本赤軍の解散を宣言した。重信は懲役20年の判決を受け、2022年に刑期を満了して出所した。