犯罪
朝日新聞テロ未解決事件言論弾圧

赤報隊事件

/せきほうたいじけん/

1987年に朝日新聞阪神支局が散弾銃で襲撃され記者1名が殺害された事件。犯行グループ「赤報隊」を名乗る声明が出されたが、未解決のまま時効を迎えた。

DATE: 2026/3/6

基本情報

項目 内容
発生日 1987年(昭和62年)5月3日
発生場所 兵庫県西宮市・朝日新聞阪神支局
犯行形態 散弾銃による襲撃
被害 記者1名死亡、1名重傷
犯行声明 「赤報隊」名義
捜査結果 未解決(2003年に公訴時効成立)

概要

赤報隊事件(せきほうたいじけん)とは、1987年5月3日の憲法記念日に、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)が散弾銃を持った男に襲撃され、記者の小尻知博(29歳)が殺害された事件を中心とする一連のテロ事件の総称である。犯人は**「赤報隊」**を名乗る犯行声明を送付したが、犯人の特定には至らず、2003年に公訴時効が成立した。戦後日本における言論機関を標的としたテロ事件として、報道の自由と暴力の関係を考える上で重要な事件である。

事件の経緯

阪神支局襲撃(1987年5月3日)

1987年5月3日午後8時15分頃、目出し帽を被った男が朝日新聞阪神支局の編集室に侵入し、散弾銃を発砲した。当時編集室にいた記者2名が被弾し、小尻知博記者が翌5月4日に死亡、犬飼兵衛記者が重傷を負った。犯人は犯行後、現場から逃走した。

一連の関連事件

赤報隊を名乗る犯行声明は、阪神支局事件の前後にも複数の事件に関連して送付されている。

時期 事件
1987年1月 朝日新聞東京本社銃撃事件
1987年5月 朝日新聞阪神支局襲撃事件(本件)
1987年9月 朝日新聞名古屋本社寮襲撃事件
1988年3月 リクルート社前会長宅銃撃事件(未遂)

犯行声明では「反日朝日は五十年前にかえれ」「赤報隊 一切の朝日社員にしけいをげんこくす」などの文言が記されていた。

「赤報隊」の名称

「赤報隊」の名は、幕末の戊辰戦争において官軍の先鋒を務めた武装集団「赤報隊」に由来する。幕末の赤報隊は相楽総三を隊長とし、年貢半減を掲げて東海道を進軍したが、後に「偽官軍」として処刑された悲劇的な組織である。事件の犯人がこの名を選んだ意図は、自らを「正義の先駆者」と位置づけようとしたものと解釈されている。

捜査と時効

兵庫県警を中心に延べ50万人以上の捜査員が投入されたが、犯人の特定には至らなかった。使用された散弾銃はレミントンM1100と推定されたが、凶器の発見もなされていない。

捜査の過程では、右翼団体関係者や暴力団関係者など複数の人物が浮上したものの、いずれも決定的な証拠に欠けた。2003年3月、殺人罪の公訴時効(当時15年)が成立し、事件は未解決のまま捜査が終結した。

事件の影響

赤報隊事件は、日本における報道の自由に対する暴力的威嚇の象徴的事件となった。朝日新聞は毎年5月3日の憲法記念日に追悼記事を掲載し、「言論の自由を暴力で封殺しようとする行為」への警鐘を鳴らし続けている。

この事件以降、報道機関は社屋のセキュリティ強化を進め、記者の安全対策が見直された。また、未解決に終わったことで、公訴時効制度の見直し議論にも一石を投じた(2010年に殺人罪の公訴時効は廃止された)。

関連項目