人
人物
国定忠治
/くにさだちゅうじ/
江戸時代後期の侠客(博徒)。上州(群馬県)を拠点に活動し、「赤城の山も今宵限り」の名台詞で知られる。講談・歌舞伎で理想化された侠客像の代表格。
概要
国定忠治(くにさだちゅうじ、1810年〜1850年)は、江戸時代後期に上野国(現・群馬県)を拠点に活動した博徒・侠客。本名は長岡忠次郎。
関東一帯を股にかけた無頼の徒であったが、講談・歌舞伎・浪曲では「弱きを助け強きを挫く義賊」として理想化され、**「赤城の山も今宵限り」**の名台詞とともに庶民的人気を博した。
生涯
博徒への道
上野国佐位郡国定村(現・群馬県伊勢崎市)の農家の出身。若くして博徒の世界に入り、長脇差を帯びた渡世人として名を馳せた。
関八州の大親分
赤城山麓を根城に博徒集団を率い、関東一帯で勢力を拡大。賭場の運営や縄張り争いの中で多くの敵を作りながらも、子分からの厚い信頼を得たとされる。
逮捕と処刑
1850年(嘉永3年)、幕府の追捜により捕縛。磔(はりつけ)の刑に処せられた。享年41。
創作における国定忠治
講談「国定忠治」は明治以降に大きな人気を集め、**「赤城の山も今宵限り、かわいい子分のてめえたちとも別れ別れになる首途だ」**の名台詞は広く知られている。映画・テレビドラマでも繰り返し取り上げられた。