風俗
売春戦後GHQ売春防止法風俗史

赤線

/あかせん/

戦後のGHQ占領期から1958年まで存在した、公認の売春地帯。地図上に赤い線で囲まれたことからこの名がつき、現在の風俗街の原型となった。

DATE: 2024/1/1

概要

赤線(あかせん)とは、第二次世界大戦後のGHQ占領期から1958年の売春防止法完全施行まで存在した、事実上公認された売春地帯を指す。

警察が地図上にこれらの地域を赤い線で囲んで管理していたことからこの名がついた。一方、非公認の私娼街は「青線」と呼ばれた。

歴史

GHQ占領期

1946年、GHQの指令により公娼制度(公認の遊廓)は廃止された。しかし実際には売春が根絶されることはなく、旧遊廓地域がそのまま「特殊飲食店街」として存続した。これが赤線の実態である。

赤線の実態

赤線地域では、「カフェー」「料亭」「特殊飲食店」などの看板を掲げた店舗で売春が行われていた。表向きは飲食店でありながら、実態は売春施設であるという公然の秘密が成立していた。

代表的な赤線地帯

  • 吉原(東京・台東区) — 江戸時代からの遊廓の系譜
  • 飛田新地(大阪・西成区) — 現在も「料亭」として営業を続ける
  • 洲崎(東京・江東区) — 深川遊廓の系譜を持つ赤線地帯
  • 中洲(福岡) — 九州最大の歓楽街の原型

売春防止法と赤線廃止

1956年に売春防止法が制定され、1958年4月1日に完全施行。赤線は法的に廃止された。多くの業者はソープランド(当時は「トルコ風呂」)やバー、旅館などに転業した。

青線との違い

赤線 青線
公認 事実上公認 非公認(黙認)
地図の線 赤色 青色
管理 警察の管理下 管理されていない
規模 大規模・組織的 小規模・個人的

現在への影響

赤線廃止後、旧赤線地帯の多くは現在の風俗街へと姿を変えた。吉原のソープランド街、飛田新地の「料亭」街は、赤線の歴史を今に伝える存在である。

関連項目