売春防止法
1956年制定・1958年施行。売春を禁止し、売春婦の保護・更生を目的とした法律。これにより公娼制度(遊廓・赤線)が廃止された。
概要
売春防止法(ばいしゅんぼうしほう)の正式名称は「売春防止法」(昭和31年法律第118号)であり、1956年5月24日に公布、1957年4月1日に施行された(罰則規定は1958年4月1日から施行)。
この法律の施行により、江戸時代から続いた公娼制度(遊廓・赤線地区)が法的に廃止され、売春は原則として禁止された。日本の性風俗産業の歴史において最も重要な転換点の一つとなっている。
法律の概要
主な禁止事項
| 禁止行為 | 法定刑 |
|---|---|
| 売春の勧誘・客引き | 6ヶ月以下の懲役または1万円以下の罰金 |
| 売春の周旋・あっせん | 2年以下の懲役または5万円以下の罰金 |
| 売春を目的とした契約 | 3年以下の懲役または10万円以下の罰金 |
| 売春場所の提供 | 3年以下の懲役または10万円以下の罰金 |
| 売春による利益の収受 | 3年以下の懲役または10万円以下の罰金 |
売春行為そのものの扱い
売春を「行う側」(売る側の行為者)は処罰されないという点が特徴的である。立法趣旨として、売春女性は「被害者・更生支援の対象」と位置づけられたためである。
施行の背景
戦前の公娼制度
明治以降、日本では遊廓制度(公娼制度)のもとで「赤線地区」(あかせんちいき)と呼ばれる公認売春地帯が存在した。
GHQによる廃娼令(1946年)
終戦後、GHQ(連合国最高司令官総司令部)が「公娼制度の廃止」を指令。各都道府県が独自に廃娼条例を制定したが、実態として売春は継続していた(「青線」「特殊飲食店」などの形態で)。
売春防止法の制定・施行
1956年5月24日に法律が公布され、1957年4月1日に施行(罰則規定は1958年4月1日施行)。全国の赤線・青線地区が段階的に閉鎖され、公娼制度が完全に廃止された。
施行後の変化
ソープランドの誕生
赤線地区閉鎖後、業者は「トルコ風呂」(現在のソープランド)と呼ばれる特殊浴場の形態に転換。「洗体行為」という名目で、法の抜け穴を利用した性的サービスを提供する業態が生まれた。
現在もソープランドは「性交渉は個人の自由意思によるもの」という建前で営業が黙認されており、売春防止法との法的グレーゾーンに位置している。
デリヘル・ピンサロ等の登場
売春防止法をかいくぐる形で、デリヘル・イメクラ・ピンサロなど多様な業態が発展。「性行為なし」という建前の元で行われるサービスの多くは、実態として売春防止法との境界線上にあると言われる。
現在の課題
- 「性売買」の実態との乖離: 建前と実態の乖離が大きく、法の実効性に疑問も
- 人身売買・強制売春: 外国人女性の人身売買との連関が問題視されている
- 当事者支援: 支援体制の充実と被害者保護の強化が求められている