西成
大阪市西成区、特に「釜ヶ崎」(あいりん地区)は日本最大の日雇い労働者の街として知られ、独特の社会構造を持つ。
概要
西成(にしなり)とは、大阪市西成区(にしなりく)のことを指すが、一般的に「西成」という場合は同区の釜ヶ崎(かまがさき)周辺、とりわけ「あいりん地区」として知られる一帯を指すことが多い。
日本最大の日雇い労働者の街として戦後から現在まで存在し続けており、かつては「日本のスラム」とも呼ばれた。現在も日雇い・単純労働者・路上生活者・外国人労働者など社会的弱者が集中する特殊な地域である。
釜ヶ崎とあいりん地区
「釜ヶ崎」という地名は行政上は廃止されており、現在の正式な地名は「萩之茶屋」(はぎのちゃや)等である。「あいりん地区」は1966年に大阪府・大阪市が設定した行政上の呼称で、「愛隣地区」(愛し合う隣人の地区)という名付けがなされた。
しかし地元住民・支援者の間では今なお「釜ヶ崎」「釜ヶ崎(カマ)」の呼称が使われ続けている。
歴史
戦前
大正〜昭和初期にかけて、木賃宿(きちんやど)が集積する日雇い労働者の街として形成された。港湾労働・土木工事などの肉体労働に従事する労働者の寄せ場として機能した。
戦後の急拡大
朝鮮戦争(1950〜53年)の特需景気、高度経済成長期の建設ラッシュにより労働需要が急増。各地から流入した日雇い労働者が定着し、街の規模が急拡大した。
あいりん暴動
1961年から2008年まで、計約24回にわたる大規模な暴動(「あいりん暴動」または「釜ヶ崎暴動」)が発生した。行政・警察への不満、労働者への不当な扱いに端を発した暴動で、機動隊が出動する規模に達したものもある。(大阪府警・近畿大学研究による統計値)
バブル崩壊後の変化
1990年代以降、建設業の縮小・高齢化により日雇い労働者の人口が減少。路上生活者(ホームレス)が急増し、炊き出しを行うNPO・ボランティア団体が多数活動するようになった。
現在の実態
人口構成
| 属性 | 特徴 |
|---|---|
| 高齢日雇い労働者 | かつての労働者が高齢化・定住化 |
| 路上生活者 | 全国から流入、支援施設が多い |
| 外国人労働者 | 近年増加傾向(中国・ベトナム等) |
| 生活保護受給者 | 受給率が全国平均を大幅に上回る |
社会問題
- 高齢化: 日雇い労働者の高齢化と年金・医療問題
- 生活保護の不正受給: 関与する業者(「貧困ビジネス」)の問題
- 薬物: 覚醒剤・市販薬の乱用問題
- 犯罪: 路上でのトラブル・財布狙い等は依然として多い
観光地化
近年、「ディープ大阪」として外国人観光客・若者の注目を集めている。激安ドミトリー・銭湯・B級グルメなどの観光資源として再評価される動きもある。
裏社会との関係
歴史的に西成は山口組(やまぐちぐみ)系をはじめとする暴力団の縄張りが重複する地域であった。日雇い労働者への闇金貸付、賭博場の運営、薬物売買などの縄張りが存在した。
また「あいりん労働福祉センター」での手配師(てはいし)と呼ばれる日雇い仕事の仲介業者の中には、暴力団と関係する者もいたとされる。