人
人物
宅見勝
/たくみまさる/
五代目山口組若頭。「山口組の金庫番」と呼ばれた実力者。1997年、ホテルで射殺されるという衝撃的な事件の被害者となった。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年 | 1936年(昭和11年) |
| 没年 | 1997年(平成9年)8月28日 |
| 役職 | 五代目山口組若頭 |
| 異名 | 山口組の金庫番、マネージャー |
概要
宅見勝(たくみ まさる)は、五代目山口組(組長:渡辺芳則)の若頭(わかがしら)。「山口組の金庫番」「頭脳派ナンバー2」として知られ、組の財務・経営戦略を仕切った実力者である。1997年8月28日、大阪市内のホテルのロビーで射殺されるという衝撃的な事件の被害者となった。
山口組内での立場
組内では財務・渉外に長けた「経営者型」の人物として評価された。武闘派が重視された旧来のヤクザ組織のイメージとは異なり、企業経営的な発想で組の運営・資金管理を担った。五代目・渡辺芳則組長のもとで若頭に就任し、事実上のナンバー2として山口組を運営した。
暗殺事件(1997年8月28日)
1997年8月28日昼頃、大阪市内のホテルのロビーで宅見は男に近づかれ、至近距離から拳銃で撃たれた。複数の銃弾を受けて間もなく死亡した。
犯行に及んだのは山口組系の別組織の人間とされ、組内の内部対立・権力争いが背景にあったと報じられた。白昼のホテルロビーという公共の場での暗殺は社会に大きな衝撃を与えた。
事件の影響
この事件は「平和だった山口組が揺れ始めた」ことを示す象徴的な出来事と受け止められた。また、組内の路線対立が顕在化するひとつの契機ともなった。
宅見の死後、五代目体制は若頭の補充など組織の立て直しを余儀なくされた。2005年の渡辺引退後、組の実権は弘道会系の六代目・司忍へと移ることになる。