事件
大阪西成釜ヶ崎暴動日雇い労働者

西成暴動

/にしなりぼうどう/

大阪市西成区の釜ヶ崎(あいりん地区)で1961年以降繰り返し発生した大規模暴動。日雇い労働者の不満が爆発し、警察との激しい衝突が起きた。

DATE: 2024/1/1

概要

西成暴動(にしなりぼうどう)は、大阪市西成区の**釜ヶ崎(あいりん地区)**で1961年以降繰り返し発生した大規模な暴動の総称。「釜ヶ崎暴動」とも呼ばれる。

日雇い労働者の劣悪な生活環境への不満、警察や暴力団による搾取への怒りが爆発し、投石・放火・警察車両の破壊など激しい衝突が繰り広げられた。

背景

釜ヶ崎とは

釜ヶ崎は日本最大の日雇い労働者の街(ドヤ街)。高度経済成長期には建設・港湾の労働力供給地として機能し、数万人の日雇い労働者が簡易宿泊所(ドヤ)に暮らしていた。

搾取の構造

日雇い労働者は、手配師(労働者の斡旋業者)を通じて仕事を得ていた。手配師の多くは暴力団と結びついており、賃金のピンハネ(中間搾取)が常態化していた。さらに、闇金融業者による高利貸しや、簡易宿泊所の劣悪な環境も労働者の不満を蓄積させた。

主な暴動

第一次(1961年8月)

1961年8月1日夜、タクシーにはねられた日雇い労働者が死亡した現場で、西成警察署が遺体を長時間放置して現場検証を行ったことに労働者が激昂。約2,000人が蜂起し、交番が破壊され、機動隊が出動する事態に発展した。

繰り返される暴動

その後も1960年代〜2000年代にかけて、計20回以上の暴動が発生した。暴動のきっかけは多くの場合、警察や手配師による労働者への不当な扱いであった。

2008年の暴動

2008年6月、あいりん労働福祉センター周辺で16年ぶりとなる暴動が発生。約200人が参加し、数日間にわたって騒擾が続いた。なお、歴史的な規模では1990年の第22次暴動が最大とされている。

暴力団との関係

西成暴動の背景には、暴力団による日雇い労働者の搾取がある。

  • 手配師ビジネス — 暴力団が手配師を支配し、労働者の賃金をピンハネ
  • 闇金融 — 日払い労働者を相手にした高利貸し
  • 簡易宿泊所の経営 — 劣悪な環境のドヤを暴力団関係者が経営

暴動は、こうした搾取構造に対する労働者の異議申し立てという側面を持っていた。

関連項目