人物
プロレス刺殺戦後国民的英雄暴力団

力道山

/りきどうざん/

日本プロレスの父と呼ばれる伝説的レスラー。戦後日本の国民的英雄だったが、裏社会との深い関係を持ち、1963年に暴力団関係者に刺殺された。

DATE: 2024/1/1

概要

力道山(りきどうざん、本名:百田光浩、朝鮮名:金信洛、1924年〜1963年)は、日本プロレスの創始者にして「プロレスの父」と呼ばれる伝説的レスラー。

戦後日本において、外国人レスラーを空手チョップで倒す姿がテレビで放映され、国民的英雄として熱狂的な支持を受けた。しかしその裏では暴力団との関係が深く、1963年に暴力団関係者に刺されたことが原因で死亡した。

経歴

相撲からプロレスへ

朝鮮半島出身で、大相撲の力士として関脇まで昇進。1950年に廃業後、1951年にプロレスラーとしてデビュー。1953年に日本プロレス協会を設立した。

国民的英雄

1954年、シャープ兄弟との試合がテレビ中継されると、街頭テレビの前に群衆が押し寄せる社会現象を巻き起こした。敗戦後の日本人にとって、力道山が外国人レスラーを倒す姿は民族的な誇りの回復を象徴するものだった。

裏社会との関係

力道山は芸能界・スポーツ界の裏側で暴力団と深い関係を持っていた。

  • 興行の裏方 — プロレス興行には暴力団がチケット販売やセキュリティで関与
  • 夜の街での交友赤坂六本木の高級クラブで暴力団幹部と頻繁に会食
  • 不動産事業 — 暴力団関係者との共同事業も取り沙汰された

刺殺事件

1963年12月8日、東京・赤坂のナイトクラブ「ニューラテンクォーター」で、住吉一家傘下の構成員・村田勝志に登山ナイフで腹部を刺された。事件の発端は力道山が村田に暴行を加えたことにあり、村田が反撃として刃物を使用したとされる。

手術を受けたが、同年12月15日に化膿性腹膜炎で死亡。39歳だった。

歴史的意義

力道山の生涯は、戦後日本における芸能・スポーツと裏社会の癒着を象徴する。国民的英雄が暴力団に殺害されたという事実は、表社会と裏社会の境界の曖昧さを示す歴史的事例である。

関連項目