人
人物
菅谷政雄
/すがやまさお/
山口組の武闘派幹部として知られた菅谷組組長。「ボンノ」の異名を持ち、数々の抗争を戦った後、獄中での手記執筆でも知られる。
概要
菅谷政雄(すがや まさお、1914年〜1981年)は、山口組系菅谷組の組長。「ボンノ」の異名で知られる武闘派幹部で、山口組の勢力拡大期における数々の抗争を戦った。
経歴
山口組での台頭
三代目田岡一雄体制の山口組において、武闘派の若頭補佐として頭角を現した。数々の抗争で組のために戦い、その武勇は組織内外に恐れられた。
菅谷組
自らの直系組織として菅谷組を率い、関西圏における山口組の勢力拡大に貢献した。組の運営においても強いリーダーシップを発揮し、多数の子分を従えた。
逮捕と服役
暴力団活動に伴う複数の罪で逮捕・服役を繰り返した。1977年には三国事件に関連して山口組から絶縁処分を受けるが、後に復帰。1981年6月に菅谷組を解散して堅気に転身したが、同年11月25日に67歳で死去した。
人物像
菅谷は武闘派として恐れられる一方、映画制作時に録音された肉声テープにはその人間性が記録されている。死後も暴力団の実態を知る人物として複数の書籍で取り上げられている。