人
人物
田中清玄
/たなかせいげん/
元日本共産党幹部から転向し、戦後は右翼活動家・フィクサーとして活動した人物。政財界・暴力団に幅広い人脈を持ち、戦後日本の裏面史に深く関わった。
概要
田中清玄(たなかせいげん、1906年〜1993年)は、戦前に日本共産党の幹部を務めたのち転向し、戦後は右翼活動家・実業家・フィクサーとして活動した人物。
政界・財界・暴力団に幅広い人脈を持ち、児玉誉士夫と並ぶ戦後日本の黒幕的存在として知られる。
経歴
共産党時代
北海道出身。東京帝国大学在学中に日本共産党に入党し、1929年には党の最高指導者(委員長格)にまで上り詰めた。しかし1930年に逮捕され、獄中で転向(共産主義からの思想転換)した。
戦後の活動
終戦後、田中は右翼・反共の立場から政財界に接近。東南アジアでの資源開発事業などを手がけつつ、政治家・財界人・暴力団幹部との太いパイプを築いた。
安藤昇との関係
田中は安藤昇ら暴力団関係者とも交友があり、裏社会と表社会の仲介役を果たすことがあった。
児玉誉士夫との対立
同じフィクサーである児玉誉士夫とは路線の違いから対立関係にあった。田中は「反児玉」の立場を鮮明にし、両者の確執は戦後の右翼・暴力団勢力図にも影響を与えた。