人
人物
安藤昇
/あんどうのぼる/
戦後の渋谷を拠点とした暴力団「安藤組」の組長。引退後は俳優・作家に転身し、裏社会から表舞台へ転じた稀有な人物。
概要
安藤昇(あんどう のぼる、1926年〜2015年)は、戦後の東京・渋谷を拠点とした暴力団「安藤組」の初代組長。引退後は映画俳優・作家として活動し、裏社会から芸能界へ転身した稀有な経歴の持ち主である。
「最後の侠客」とも呼ばれ、暴力団組長でありながら知性と風格を備えた人物として知られた。
経歴
安藤組の結成
戦後の渋谷は闇市を巡る勢力争いが激しく、複数のグループが覇権を争っていた。安藤は海軍に志願し、終戦間際に人間機雷「伏龍」の特攻隊員に配属されたが、出撃前に終戦を迎え実戦経験はない。復員後、渋谷の不良グループをまとめ上げ「安藤組」を結成。渋谷・道玄坂一帯を勢力圏とした。
抗争と逮捕
他の暴力団との抗争を繰り返し、1958年に横井英樹襲撃事件に関連する恐喝容疑で逮捕・服役。出所後、暴力団からの引退を決意する。
俳優・作家への転身
1965年、安藤は松竹映画「血と掟」で俳優デビュー。1967年以降は東映の任侠映画に活躍の場を移した。元本物のヤクザという経歴が話題を呼び、独特の存在感で人気を博した。
また、自身の経験を綴った著書を多数出版。暴力団の内側を知る者ならではのリアリティが評価された。
人物像
安藤は暴力団組長としては異例の教養人であったとされる。文学・哲学に通じ、海軍での経験から規律を重んじた。戦闘こそ経験しなかったものの、特攻隊配属という死と隣り合わせの経験が人格形成に大きく影響したと言われる。引退後に芸能界で成功したのは、こうした知的背景があったからこそと言われる。
歴史的意義
安藤昇の存在は、裏社会と芸能界の接点を示すものでもある。任侠映画の全盛期には、現役・元暴力団関係者が映画産業に深く関わっていた時代背景がある。