人物
稲川会創設者熱海静岡関東

稲川角二

/いながわかくじ/

稲川会の創設者・初代会長。熱海を本拠に関東で勢力を拡大し、住吉会と並ぶ関東最大規模の暴力団を創り上げた。

DATE: 2024/2/1

基本情報

項目 内容
本名 稲川裕芳(いながわ ひろよし)
通称 稲川角二(いながわ かくじ)、聖城(せいじょう)
生年 1914年(大正3年)11月13日
没年 1994年(平成6年)8月15日
出身地 神奈川県横浜市西区浅間町
役職 稲川会創設者・初代会長

概要

稲川角二(本名:稲川裕芳)は、**稲川会(いながわかい)**の創設者であり初代会長。静岡県熱海市を拠点に、テキ屋(露店商)から出発して組織を拡大。関東では住吉会と並ぶ規模の暴力団を創り上げ、「稲川聖城(せいじょう)」の名でも知られた。田岡一雄(三代目山口組)との親交で知られ、広域暴力団の全国ネットワーク形成にも影響を与えた。

生い立ちと組織化

静岡県熱海市の出身。若い頃からテキ屋の世界に入り、伊豆・熱海を中心とした露店市・縁日の利権を仕切るようになった。戦後の高度成長期に組織を拡大し、神奈川・東京・静岡にまたがる広域組織へと発展させた。

稲川会の基盤構築

熱海・小田原を出発点として、横浜・東京へと勢力を伸ばした。博打(賭博)・テキ屋・建設業など多角的なシノギを展開し、関東における稲川会の地位を確立した。

田岡一雄との関係

三代目山口組組長田岡一雄との間に深い親交があったとされる。両者は相互の縄張りを尊重し合い、全国的な暴力団連合の形成を模索したともいわれる。

晩年と死去

晩年は体調不良が続き、会の実務を後継者に委ねた。1994年8月15日、死去。享年70歳(70歳前後とも)。

関連項目