人
人物
稲川角二
/いながわかくじ/
稲川会の創設者・初代会長。熱海を本拠に関東で勢力を拡大し、住吉会と並ぶ関東最大規模の暴力団を創り上げた。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 稲川裕芳(いながわ ひろよし) |
| 通称 | 稲川角二(いながわ かくじ)、聖城(せいじょう) |
| 生年 | 1914年(大正3年)11月13日 |
| 没年 | 1994年(平成6年)8月15日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市西区浅間町 |
| 役職 | 稲川会創設者・初代会長 |
概要
稲川角二(本名:稲川裕芳)は、**稲川会(いながわかい)**の創設者であり初代会長。静岡県熱海市を拠点に、テキ屋(露店商)から出発して組織を拡大。関東では住吉会と並ぶ規模の暴力団を創り上げ、「稲川聖城(せいじょう)」の名でも知られた。田岡一雄(三代目山口組)との親交で知られ、広域暴力団の全国ネットワーク形成にも影響を与えた。
生い立ちと組織化
静岡県熱海市の出身。若い頃からテキ屋の世界に入り、伊豆・熱海を中心とした露店市・縁日の利権を仕切るようになった。戦後の高度成長期に組織を拡大し、神奈川・東京・静岡にまたがる広域組織へと発展させた。
稲川会の基盤構築
熱海・小田原を出発点として、横浜・東京へと勢力を伸ばした。博打(賭博)・テキ屋・建設業など多角的なシノギを展開し、関東における稲川会の地位を確立した。
田岡一雄との関係
三代目山口組組長・田岡一雄との間に深い親交があったとされる。両者は相互の縄張りを尊重し合い、全国的な暴力団連合の形成を模索したともいわれる。
晩年と死去
晩年は体調不良が続き、会の実務を後継者に委ねた。1994年8月15日、死去。享年70歳(70歳前後とも)。